イタリア・フィレンツェ観光(リヴォルノ港)

どうも~ジーナ(@JiNA_0318)です☻

イタリア・ローマ観光の次は、クルーズ9寄港地目となる花の都・フィレンツェでの観光をご紹介します。

チビタベッキア港から北へ向かい、フィレンツェの入り口と言われるリヴォルノ港に着きました。

大きな港でクルーズ船が何隻か泊まっています。

リヴォルノ港では船が2日間停泊するので、1日目は船の送迎バスを利用してフィレンツェへ行き、2日目はバスと電車を利用してピサ観光をする予定です。

この港は1582年にヨーロッパに旅へ出た、天正遣欧少年使節がたどり着いた港。

天正遣欧少年使節によって、ヨーロッパに日本という存在が知られるようになり、私たち日本人にとっても歴史の深い港となっています。

リヴォルノ港からフィレンツェまでは、電車で1時間半ほどで行くことができますが、港から最寄駅までが4キロほどあり、バスを乗り継いでようやく駅にたどり着くことができます。

今回も船の送迎バスを利用して、フィレンツェの玄関である中央駅(サンタ・マリア・ノヴェッラ駅)の周辺に向かいました。

<サンタ・マリア・ノヴェッラ教会>

フィレンツェの中央駅(サンタ・マリア・ノヴェッラ駅)の向かいには、スタツィオーネ広場があります。

この広場で1番目を引くのが、こちらのサンタ・マリア・ノヴェッラ教会。

もともと9世紀ごろにあった教会を、1219年にやってきた12人のドメニコ会修道士が手に入れ、1242年に改築が決定し14世紀中ごろに完成しました。

こちらの教会はフィレンツェの中で、大切な教会として知られています。

こちらはサンタ・マリア・ノヴェッラ教会の側面部分。

スタツィオーネ広場から見える教会は、後ろの部分で地味な装飾となっていますが、反対側のファサード(正面)は、白と緑の大理石で色鮮やかに飾られています。

サンタ・マリア・ノヴェッラ教会は、大きな造りとなっていて、正面へ行くにはグルッと回らなければなりません。

今回のフィレンツェ観光は船の送迎バスを利用していたので、滞在時間が3時間半しかなかったため、中に入ることはできませんでした。

目指すはフィレンツェの象徴となっている「サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂」。

駅からオレンジの丸い屋根(クーポラ)が見えるので、急ぎ足で向かいます。

<ウニタ・イタリアーナ広場>

ウニタ・イタリアーナ広場は、イタリア統一広場という意味。

もともとイタリアは1つの国ではなく、サルデーニャ王国・ヴェネツィア・トスカナ大公国・教皇領・ナポリ・シチリア島など小国が分裂していました。

1815年から始まったイタリア統一戦争(リソルジメント)は、1861年にようやくイタリア王国が成立し、1866年にヴェネツィアが併合、1870年にローマを併合し一部を除いて完了しました。

広場の真ん中にあるオベリスクは、イタリア統一戦争で亡くなった戦士を追悼する、記念碑として建てられています。

サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂を目指して歩いている途中で、カフェを発見。

船の旅で知り合った相棒Mさんとジェラートを購入!

フィレンツェでもジェラートは欠かせません。

味はお気に入りのカプチーノで、Mさんはチョコミントをチョイス!

<メディチ家礼拝堂>

サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂へ行く途中で、「メディチ家礼拝堂」を発見!

メディチ家とは12世紀に金融業を営み、3世紀に渡ってフィレンツェを支配してきた名門貴族。

フィレンツェに数多くの芸術品が残っているのは、メディチ家が芸術を愛し、多くの芸術家たちのパトロンとなっていたからです。

そしてメディチ家の末裔アンナ・マリア・ルイーザが「家族の協定」を遺したため、現代でも誰でも自由にたくさんの芸術品を鑑賞することができるのです。

<マドンナ・デッリ・アルドブランディニ広場>

メディチ家礼拝堂には、末裔アンナ・マリア・ルイーザのお墓があるのですが、今回の旅では時間がないため立ち寄ることができませんでした。

メディチ家礼拝堂にはマドンナ・デッリ・アルドブランディニ広場が隣接しているので、ここで一休憩。

メディチ家礼拝堂の向かい側の建物には、壁画が描かれていたようです。

薄くてよく見えませんが、興味をそそられる壁画でした。

<ドゥオーモ広場>

マドンナ・デッリ・アルドブランディニ広場から歩いてすぐ、ドゥオーモ広場にたどり着きました。

道を歩いて行くうちに、急に視界が開けて、この景色が広がります。

ローマの大聖堂や教会と違い、大理石を使ったカラフルな装飾が特徴的です。

今回はここまで!次回はサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂の、クーポラからの景色をご紹介します~

お楽しみに~☺

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