キューバ・ハバナ観光『革命広場・クラシックカー』

どうも~ジーナ(@JiNA_0318)です☻

今回は交流ツアーで訪れたキューバ・ハバナにある『革命広場』のご紹介をしたいと思います~

ツアーバスに乗って見えてきたチェ・ゲバラの肖像画!

この建物、ネットでも本でも見た!と私は興奮気味状態になったのですが、予定が決まっているツアーでは、革命広場の見学が10分しかないという事態に・・・

ツアーのメリットは自力で行動しなくても行きたいところに行けることですが、デメリットを上げると時間に制限があり思う存分観光ができないことですね~

バスが停まった瞬間に広場内を走る私。

革命広場はとても広いため、10分という限られた時間の中で写真撮影をするには、ギリギリの時間でした。

広い革命広場内には政府の重要な建物が建っていて、「メーデー」と呼ばれる記念集会が開かれる際は、ここに数十万にもの人が集まるそうです。

運動が嫌いな私が全力で革命広場内を走ると息切れが・・・

こちらは内務省の建物となっていて、壁にはチェ・ゲバラの肖像画が飾られています。

肖像画の下に書かれている文字は「常に勝利に向かって」という意味で、チェ・ゲバラの言葉が刻まれています。

<チェ・ゲバラ>

1928年6月14日にアルゼンチンで生まれたチェ・ゲバラ。

本名はルネスト・ラファエル・ゲバラ・デ・ラ・セルナですが、母国語の「チェ」が彼の口癖となっていて、キューバの人々があだ名をつけたことで「チェ・ゲバラ」と親しまれるようになります。

子供の頃から喘息を患っていて、両親は発作を起こす息子を心配し何回も引っ越しを繰り返していたそうです。

しかし成長していく段階でスポーツを好むようになり、学問にも意欲的に力を注ぐようになり、ブエノスアイレス大学の医学部を入学し3年で卒業します。

在学中に南アメリカをオートバイで放浪旅に出たチェ・ゲバラ。

そこで目にしたハンセン病患者や鉱山労働者の姿を目にしたことが、革命家になるきっかけとなります。

その後メキシコに亡命していたカストロ兄弟と出会い、軍医としてキューバ革命に参加し成功をおさめました。

こちらは情報通信省の建物となっていて、壁にはカミーロ・シェンフェゴスの肖像画が飾られています。

<カミーロ・シェンフェゴス>

1932年2月6日にハバナで生まれたカミロ・シエンフエゴス・ゴリアラン。

もともとは画家になることを目指していましたが、モンカダ兵営襲撃に参加し、その後はチェ・ゲバラやカストロと共にキューバ革命で戦った人物です。

こちらはホセ・マルティ記念博物館。

中に入ることはできなかったので、どんな構造をしているのか分かりませんが、博物館になる前は共産党のオフィスとして使われていたようです。

博物館の前にはホセ・マルティの像があります。

ホセ・マルティはキューバ革命が起こる前の独立戦争で活躍した人物で、革命家でもあり文学者でもあります。

日本ではチェ・ゲバラやカストロが有名となっていますが、キューバの人々からは彼らと同じように尊敬され、英雄として語られる人物です。

そしてホセ・マルティの像の後ろで風になびくキューバの国旗は、赤字に白の星が特徴的となっていますが、これは独立を意味してるそうです。

革命広場の周りにはクラシックカーがズラッと並んでいました!

クラシックカーの聖地としても知られるキューバ。

なぜ、こんなにもたくさんのクラシックカーが今も現役で走っているのか?

それは1961年に起こったアメリカとの国交断絶が大きく影響しています。

国交断絶がされたことにより、アメリカから工業製品が輸入できなくなってしまったキューバは、新しく車を生産することができなくなりました。

そのため所有していた車が壊れてしまったら、新しく買い換えるのではなく修理して乗るという車事情が生まれ、現在でもたくさんのクラシックカーが走っているのです。

キューバではタクシーもクラシックカーとなっていて、車好きには堪らない魅力的な国となっています。

私はあまり車に興味はないのですが、カラフルなクラシックカーは可愛くて、見るだけでも楽しました!

こちらは水色のクラシックカー!個人的にこの色が1番お気に入りです~

私が訪れた革命広場のご紹介はこれにて完結!と言いたいところなのですが・・・

1つの疑問が残ります・・・

キューバ革命で活躍したカストロの肖像画や像が見当たらないのはなぜ?

気になって後にネットで調べてみたところ、これはカストロ自身が肖像画や像を造ることを嫌っていたということが分かりました~

ということで、今回はここまで!次回もお楽しみに~☺

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